武書房

GREEのレビュー機能が終わるので今後はこっちに書きます。

街とその不確かな壁

2023/8/15 - 10/1 で読了。

村上春樹の新刊を読む」という体験を生まれて初めてできたかも?
大学生のころまでは図書館で借りられる著作はすべて読んでたが、就職後はそこまで熱心に読まなくなってしまい、『1Q84』も『騎士団長~』も未読であった。
今回、貴重な読書仲間と『黄色い家』を交換して借りられたので読めた。

面白かった。幻想的な、超自然的な(マジックリアリズムに対するメタ言及もあり)、枯れたおっさんの理想的ライフスタイル的なおなじみの春樹ワールド。気持ちよくすいすい読める。
ただ、長い、分厚い。そして物語がどこに向かってるかわからず、「十代のころに自分にとって完璧な恋人がいた」という美しすぎる経験にも共感できないので(まあそれを「純粋さ」とかの比喩として無理やり別の何かに読み替えることは可能としても)、「この本を読まなくてはならない。なにがあろうと」ていう感覚にはなかなかなれず、読むのに時間がかかってしまった。
しかし、前半は淡々としてるけど、子易さんが現れたぐらいから俄かに物語の怪しさが増し、面白くなってくる。

『世界の終わりと~』風の並行世界ものは筆者のなんというか持ちネタになったんかな?と思って読んでたら、「あとがき」で衝撃の舞台裏が明かされる。
1980年から2020年。すごい期間……まるでライフワーク、長年の「宿題」がついにできたという感じだろうか。
春樹さんは私の31歳上。

気に入った(なった)表現たち

  • p.196 図書館勤務、憧れますよね
  • p.320 延々と継続していく長い鎖の輪っかのひとつに過ぎない
  • p.358 資格。『黄色い家』とは違う種類の
  • p.367 「布団の中に入るとすぐに眠りに就いてしまう人間」共感w
  • p.483 「孤独が好きな人なんていないよ」

トータル・リコール ディック短篇傑作選

2023/8/20 - 9/10 で読了。
有名な映画『トータル・リコール』『マイノリティ・リポート』原作、その他短篇が計10篇収録されてる。
十~二十代のころはほとんど映画鑑賞の習慣がなかったので私はどちらも未見なのだが。

めっちゃ面白かった。ディックは短篇の名手でもあったのか!と気付かされた。

以下、ちょろっと感想集

トータル・リコール We Can Remember It for You Wholesale

面白すぎた。さすが映画化されただけある。
後半の展開は予想できるかも?

  • 原題に Recall 入ってないやん! 映画向けに付けた題か。
    ただ前者は wholesale の、後者は recall の多義性を利用してそう。
  • 「リコール株式会社」受付係どうなってんねんw
残念ながら誤記もあり
  • p.16 当人でもくらいに驚く

出口はどこかの入口 The Exit Door Leads In

1979年の作。なのでさすがにコンピュータ観は牧歌的だが、「仕組まれ感」が心地よい。

地球防衛軍 The Defenders

1953年の作(70年前!)。
夫婦間の衝突は原発事故後の分断を思わせる。
途中からオチはわりと想像つくけど、AIがこれだけ実用化されつつある現代においては「今そこにある問題」を描いてるとも言える。

訪問者 Planet for Transients

  • 全員英語が通じるのはまあご愛嬌
  • 衣装「鉛で裏打ち」されすぎw

世界球 The Trouble with Bubbles

1953年の作。

  • p.199 OOPARTS 感あるやりとり!
    「人間本来の破壊衝動(…)」 「そんなものは存在しない(…)牙のペーパーナイフをつくりたいという本能的な欲望が存在しないのとおなじように」

ミスター・スペースシップ Mr. Spaceship

これも1953年の作。

  • p.233 「あれはたいした男ではないな」w
  • p.242 「技術わかってない人による仕様変更の扱い」が現代と一緒w
  • p.272 「いかなる社会的な慣習も、生来のものではない」

非O Null-O

object-oriented のOっぽいが、プログラミングの話ではない(1958年にそういう概念があったのだろうか?)。
ドラスティックというか原理主義的で「非・非O」な人類には悲惨すぎる話だが、テンポ早くコメディのように進む。

マイノリティ・リポート The Minority Report

直訳すると「少数報告」。3人の「プレコグ」を使った犯罪予知システムというのが新しいのか古いのかわからんけど、「MAGIシステム」の原型みたいな感じか。
過去と未来との干渉・せめぎ合いが面白く、「未来からのホットライン」とはまた違った仕様の時間SF。すごい。

未完の天才 南方熊楠

2023/8/17-18 で読了。

みんな大好き・天才熊楠がやったことを概説してくれる新書でした。面白かった。
私も「粘菌とかを研究した大天才」ぐらいの知識しかなかったので、その活動内容をある程度知れて良かった。

なんとなく「孤高の天才」というか、俗世に興味ないディオゲネス的な人だったと想像してたが、わりと人間くさい面もあったというのが新鮮だった。
人付き合いを避けてたとか共感できすぎるやんw

フィールドワーク主体の人かと思ったら、それ以上に本から学びまくる!「書物至上主義」者であり、重要な本を書き写す「抜書」をライフワークのように続けていた。「人類史上、もっとも字を書いた」人間とも言われてるらしい。
「書いて覚える」は私も大学受験の時に自力で発見したし、私も記録魔の気があるので(熊楠と比べるのは僭越すぎようが)わかる気がする。

しかも熊楠は多言語を扱えた(p.104)。
話せたのは英語で、漢文と仏西独伊羅は読み書き程度だったようだが、インターネットも、もちろん YouTube もない時代に、そこまで習得できる能力と知識欲が凄い。

熊楠の「細字」は細かすぎ&崩しすぎで、一次資料を読むのは非常に難しく、読めるようになるまでに数年の「修行」が必要らしい(p.164)。
それらを解読して一般読者にも読みやすく紹介してくれるのはありがたい。

共立学校の同級生たちに正岡子規秋山真之夏目漱石。有名な史実だろうが、錚々たる顔ぶれすぎてやばい。

以下ネタバレ

書名になってる、肝心の「未完」のままにした理由については、「終わらないからこそやりがいがあったのでは?」というのが著者の解釈。
結論を出すのが学問の目的ではなく、研究という活動自体が楽しいから、「それが僕には楽しかったから」やっていたのではないかと。

死の鳥

2023/7/16-8/19 おもに広電でちびちび読了。

圧倒的ハイテンションな文体に痺れた。面白かった。

宮部みゆきさんが『虐殺器官』の帯に「3回生まれ変わってもこんなにすごいものは書けない」と書いてたけど、まさにそんな感じ。
自分が作家ならこの才能に戦慄して筆を折りたくなるのでは…と架空の心配をしてしまうほど。

フォントや改行位置で遊んだり、ベスターっぽい手法も多用されてる。(と思ったら「ジェフティは五つ」に『分解された男』も出てくる!)
トリッキーな構成の作品が多く、とにかく異常にカッコよく、「そらエヴァにも影響するわ」と思った。

感想ぽろぽろ

  • 「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった
    p.11 「思考が形式、儀礼、上品さ、作法などの従属物になりさがっている階層」辛辣さ、悪意の卓越性がすごいw

  • 竜討つものにまぼろし
    p.50~ 超現実描写の畳みかけが凄い。「“人間”という語以外のすべてである生き物」!

  • おれには口がない、それでもおれは叫ぶ
    悪意の神に囚われて嫌がらせされ続ける。絶望感がすごい。

    • Nimdok って mnemonic っぽい
    • 「パンチカード」をASCII文字列と見なして解読を試みたが、たぶん意味ない飾りっぽい。
      (左をMSBとすると V 6 SUB CAN …、右をMSBとすると j l X CAN …、どっちも意味をなさない)
  • 世界の縁にたつ都市をさまよう者
    露悪的でえげつない。悪趣味系?
    通勤電車で読んでると、日常に戻れるか不安になるほど狂ってる。すげえ

  • 死の鳥
    日本でおそらく一番有名なエリスンの短編「世界の中心で愛を叫んだけもの」で感じた、硬質で冷たい世界観が健在。

    • p.195 「アーブー」でこないだ映画観た『少年と犬』が出てくる!
  • 鞭打たれた犬たちのうめき
    これも酷い話。

    • p.242 固有名詞多い。ラバノーテイション、ユーリズミックスなどを学んだ。
    • p.252 こっからの流れの詩情がすごい
  • ランゲルハンス島沖を漂流中
    個人的にはこれが一番好きかもしれない。冒頭からの狂いっぷりの密度がすごい、YOASOBI の楽曲のように。

    • p.274 狡知にたけた古狸
  • ジェフティは五つ
    まぎれもないSFで、面白いししんみりもさせられる。
    両親の感情に対する洞察がすごい。

  • ソフト・モンキー
    bag lady という言葉を知った。アメリカでも同じなのか。

INNOVATION STACK―だれにも真似できないビジネスを創る―

2023/6/17-8/15 で読了。
久々に山形さんの訳書を読めた。非常に面白かった!

おじさん層に人気らしい「経営の教科書」みたいなのを丸善に買いに行った時、分厚くてどうにもそそられず、近くの棚でこの本を見つけて衝動買った。

おおまかな内容は「訳者解説」を読んでもらえば必要十分と思うが、あえてフローっぽく書くと

  1. 自分がどうしても解決したい「完璧な問題」を見つける
  2. 問題の解決までにまだ課題があれば、
  3. 試行錯誤してその課題を解決する(=イノベーション
  4. 2, 3 を繰り返す

以上で生み出された「イノベーション」の総体を「イノベーションスタック」と呼ぶ。つまりイノベーションは目的ではなく、手段であり過程である。
イノベーションが1つだけなら簡単に真似されてしまうが、それが何十も積み重なると「だれにも真似できないビジネス」になる。
というのが本書の主張である。書いてみると魔法のように単純!
しかしこれができた人はごくわずかなのだろう。だからこそ「起業家」というのが稀有な才能と見なされているのだ。

本書を読むと、著者から大きな問いを突きつけられたように感じる。
やり方は教えた、お前はやるのか?と。
自分にとっての「完璧な問題」、それをどれほど切実に・正確に捉えられるかがすべてな気がするな。
私はやるのか? 人生で何か偉大なことを成し遂げるのか?


ともかく、傍注まで小ネタが詰まってて面白い。全部読む価値あり。
装丁もかっこよくて良い。ペーパーバックっぽい作りで、透明カバーを外しても読みやすい。

貼りまくった付箋の一部

  • p.39 プレゼン資料に「スクエア社が失敗する140の理由」w
  • p.67 ヒップ「ポップ」になってる!
  • p.130 (自分が教科書を書こうとしていた)本の主題についてぼくが何一つ知らなかった
  • p.186 (当時のサウスウエスト航空は)最高の人柄を持つ人物しか雇わない
  • p.247 「処理困難効果」これはわかるなー
  • p.257 愛は勝ち取ったり失ったりすることもあるけれど、信頼のチャンスは一回しかない
  • p.265 ハーブ・ケレハー、売上最大化なんて「絶対しない」
  • p.278 ジャンニーニはとんでもなく謙虚だった
  • p.287 イノベーションに専門家なんかいない
  • p.288 成功体験は定義からして、未解決の問題には存在し得ない

流浪の月

2023/8/12-13 で読了。

朝日新聞デジタルの記事に触発されて購入。
(…読んでから気付いたが、記事のメインは青山美智子さんでした。ただ凪良さんは滋賀出身ということを知って俄然読みたくなったような?)

本屋大賞」という賞を今まで気にしたことがなく縁がなかったが、さすが読みやすく、引き込まれた。
「面白かった!」というのはあまりふさわしくない作品である気がするが。

優しい、繊細な、美しい物語でした。
特殊な状況で支え合う人たち、まさに「人」の話。
主人公の更紗はそれが「愛ではない」と繰り返し言うが、広義でそれも愛と呼ぶんだぜ!と強く言いたい。

性犯罪の被害者がいかにその後の人生を破壊されるかがしっかり描かれている。
しかし…正直もどかしさもある。
真に罰されるべき奴がおるやろ! 告発しようや!
子供のころは無理として、大人になってからいっぱいチャンスあったやん!!

まあそれは単純な勧善懲悪脳から出た雑な意見で、実際の被害者がそういう行動に出ることは心身ともに難しいので、セカンドレイプ的な発言になってしまうのかもしれないが。
泣き寝入りしてしまった人たちからは、そういう展開は安直かつ非現実的なヒロイズムに見えるのかもしれない。
私としては #MeToo を邪魔せず、世の中の歪みが正されていくほうに手を貸したい。

思わず付箋を貼ってしまったところ

  • p.317 大学生ともなると
  • p.332 結構いる

火星のタイム・スリップ

2023/6/25 - 7/23 おもに広電とバスで読了。

濃厚で面白かった。実験的な問題作という感じ。

「分裂症」(いまで言う統合失調症か)が主要テーマになってる。
人類が火星に移住した未来、という一応SF的な体裁を取ってるものの、内容はむしろ『ドグラ・マグラ』みたいな狂気の物語に近いかもしれない(ドグマグあんまり覚えてないけど)。
なんせ肝心の「タイム・スリップ」の仕掛けが・・・(ネタバレ防止のため略)という。
「分裂症」がもたらす被害妄想の主観描写パートの気色悪さは出色。小尾さんの訳もすごいのだろうが、原文はどんな感じなんやろ?

特定の1人が主人公というわけではない構成もわりと新鮮。書き割りのように見えた人物にも思惑やら言い分があり、侮られた存在に異様なほどの知性があったりする。
「分裂症」の作用を表現するために選んだ手法とも言えるかも。

覚え書き

  • p.12 ここですでにFDR山とレオが出てきてたのか!(覚えてなかった)
  • p.137 世界でもっとも古い方法である物々交換制度
  • p.256 「浮気は三方よし」みたいな詭弁w