武書房

GREEのレビュー機能が終わるので今後はこっちに書きます。

堕落論 (新潮文庫)

 2019/8/4読了。

 やっと読んだマイ初安吾。「○○文庫の100冊」的なやつでもよく見かけて、『桜の森の~』はさんざん引用・上演されてるし、なんか知ってるような気がしてたが、恥ずかしながら未読だった。

堕落論 (新潮文庫)

堕落論 (新潮文庫)

 

 表題作のほかにも多数の短編・評論が時系列順にぎっしり収められた短編集でお得。

堕落論」はやや挑戦的なタイトルではあるが、言ってることは至極まっとうというか常識的な主張で拍子抜けするほどであった。我流で意訳すると、無謀な戦争に突っ走った天皇・軍部みたいな奴らに二度と騙されてはならない!日本人は長い物に巻かれる悪癖から目覚めよ!という啓蒙思想以外の何者でもない。その有害なファンタジーから脱することを「堕落」と安吾は呼んだのであろう。Won't get fooled again. パンクロックは73年前の日本にも存在したことを知ってちょっと興奮する。

「続堕落論」もある。こっちのほうがよりペンは冴えてると言えよう。

 p.94

 藤原氏の昔から、最も天皇を冒瀆する者が最も天皇を崇拝していた。彼等は真に骨の髄から盲目的に天皇を崇拝し、同時に天皇をもてあそび、我が身の便利の道具とし、冒瀆の限りをつくしていた。現代に至るまで、そして現在も尚、代議士諸公は天皇の尊厳を云々し、国民は又、概ねそれを支持している。

 この皮肉が、昭和の次の次の元号まで有効性を持っていることを安吾が知ったらどう思ったであろう。日本人ってもう昔からずっとアホやん、てことかい。まあ「日本人」て一概には言えんけどね。

「特攻隊に捧ぐ」は現代ではだいぶ物議を呼びそう。当時もGHQから発禁食らったらしいが。戦争は呪うべき悪で特攻も愚策だが、特攻隊員の苦悩と自己犠牲を単体で見たらまぎれもなく「美しい」という話。わかるけど、それを称揚しだすと靖国になってしまうからだいぶきわどい論ではある。「未亡人の喪服ってエロいよな」みたいな、それはわかるけどそういう目的の服じゃない…という。

「ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格」以降は日本史にまつわる広く深い調査・考察のエッセイが続く。特に「飛騨・高山の抹殺」の好奇心あるいは執念、想像力は凄く、歴史に疎い私には正直しんどかったw

 本筋ではないが、巻末の「年譜」が圧縮新聞のようでつい笑ってしまう。はじめ坂口家がエリートすぎでやや鼻白むが、

  • 18歳 運動(社会ではなく身体のほう)に目覚め、「全国中等学校陸上競技会に出場、走り高跳びで優勝」て!何やってんのw
  • 21歳 三月、(中略)「意識と時間との関係」「今後の寺院生活に対する私考」を『涅槃』(原典研究会刊)に発表。自動車事故に遭った。四月、(中略)一日睡眠四時間の生活を遂行。七月、神経衰弱に陥って芥川龍之介の死に衝撃を受け、自殺欲が起こり発狂の予兆に怯えて古今の哲学書を読破した。…濃密すぎやろw
  • 24歳 「落伍者に憧れを抱き、カフェの支配人になろうなどとしたが」俺か!

 ともかく、コアな部分はいま読んでも古びていない(残念なことにと言うべきか)。普遍性があるとも言える。なので若者も政治家も読むといいと思います。